現代建築家
佐野先生の撮った写真 京都建築専門学校・佐野春仁先生

北山杉は空間の句読点

ー今日は、建築家であり専門学校の講師を務めていらっしゃる佐野春仁先生にお話を伺います。
それではよろしくお願いします。

佐野(以下敬称略):よろしくお願いします。

ーまず初めに、佐野先生が建築家になられた経緯など教えてください。

佐野:僕の実家は静岡県の山里ですが、祖父、父と林業をやっていて、子供の頃から苗木を植えたり、下草刈りや枝打ちを手伝っていました。
そんなこともあって、将来の進路を考えるようになったときも、何となくですが、木と関われる仕事ということで、建築の道に進もうと。
僕にとって木とか山は、幼い頃から現在まで人生を通してずっと関わってきたものなので、おおげさに聞こえるかもしれませんが、恩恵のようなものを感じています。
現在僕は京都建築専門学校の教員をしながら、学生たちと一緒に京町家の修復活動や京北での木匠塾活動といったことにも力を入れていますが、そうした活動も僕の人生というか、感性みたいなもののベースになってくれた山や木の文化に恩返ししていきたい、貢献したいという気持ちでやっています。

ー建築家としての佐野先生にとって、北山杉はどんな存在でしょうか?

佐野:北山杉にはほかの木にない思い入れがあります。
京都の大学に入って、そこで初めて北山杉を知り、実際に山を見て衝撃を受けました。
あれほどスレンダーで真っ直ぐな杉が櫛比している風景はそれだけで芸術作品です。
本当に感動しました。
北山杉の室町時代からずっとこの京都の北山で代々受け継がれてきた歴史を実感し、京都の文化の厚みというか、人とものとの関わり合いの歴史に魅了されてしまいましたね。

大学在学中には、高雄や中川あたりまで北山杉の写真を撮りによく来ていましたし、建築家になってからはチャンスがあれば使っていました。
北山杉は家を構成するパーツでありながら、床柱という特別な位置を得て、材のうちから芸術作品として完成されている稀有な木材です。
使う方とつくる方とが共に感性を磨いて来た中でつくられた歴史的な存在と言えるでしょうね。
さすが京都です。

けれども残念なことに、現在北山杉の需要が減少してしまい、それに伴って北山杉を生産している地域も過疎化が進んでいます。
古くから受け継がれてきた北山杉を僕たちの代で絶やしてしまってはいけないですし、出来るだけ多くの人に北山杉とその魅力を知ってもらい、製品としての北山丸太だけでなく、その山も、それをつくって来た山の人たちの技術も、その山の人たちの里の風景も、みな合わせて日本の文化として生きつづけることになってくれればと思います。

ー佐野先生は今まで北山杉でどんな建築を設計してきたのでしょうか?

佐野:学生時代に公共建築の和室の設計を担当した時には、広間の床の間の大黒柱でした。
千本通りの銘木屋さんに見方を教えてもらい、手で触って、丸1日かかったかなぁ、気に入った柱を捜しました。
自分の事務所で設計してからは、株付の北山杉の磨き縁桁丸太を家の中心に立てて、現代の大黒柱に見立てた家をいくつかやりました。
株付きだと根っこの部分が残っていて、林の中で生えていた姿を生々しくとどめているので、家の中にその木が生えていた山の雰囲気がそのまま持ち込まれたような感じがして気に入ってました。
自然と一緒にいるという気持ちになるんじゃないかと。

僕は日本の内外を問わず、民家や古い農家が大好きなんですけど、あの松の黒々と重々しい梁なんかには北山杉は合いませんね。
北山杉の雰囲気はそういう重々しさではなく、もっと高貴な感じでしょうか、抽象的というのか、独特の軽さがあります。
やはり京の数寄屋建築以降でしょう。
書院建築に使って、部屋の雰囲気が和らげられながら締まる、というか洗練されたものになるんです。

ある時、スペイン風の室内を設計した際に北山杉を使ってみたら、曲面の白いスタッコ壁と相性バッチリで驚きました。
日本の伝統空間に合うだけじゃなく、欧米のスタイルにとても合いやすい、と。