インタビュー
生産組合 北山杉に対する思いを語る、理事長の中田正信さん

生産協同組合の方に聞いてみました。

ー理事長の中田さんの北山杉の生産に携わるようになったきっかけを教えて下さい。

中田:親父がやってたのを受け継いだんです。
今から40年ほど前ですね。
その頃、ほかの物価に比べると磨き丸太がものすごく高かったんですね。
だから大学出て就職するどうのこうのより、地元の産業に自然に吸い込まれていったような感じで(笑)

ーその頃が北山杉の全盛期?

中田:んー、高度成長の時代、昭和40年代後半ぐらいが全盛期やったと思うんです。
40年代前半から後半にかけて極端な右肩あがりで。
ちょうど我々はその時分ですんで、流れで家業を継いだという感じですね。

ー森下さんもそんな感じですか?

森下:僕は山造りと製造をしている家で、3人兄弟の末っ子で長男なんですわ。
木材関係のとこは大体男が後を継いで、男しか出来ないような仕事やから、生まれたときから洗脳されてましたよね、この業界に入るんやと(笑)
小学校の高学年ぐらいから親父に山に引っ張られて、なんの迷いもなくこの業界に入ったというのがホンマのことやね。

ーなるほど、生まれたときからずっと北山丸太に携わっているということですね。
では、なにか北山杉に対するこだわりはありますか?

中田:こだわりっていうのは無いんですが、じつは林業家さんが離れつつあります。
でも我々は600年の歴史を途切れさせる訳にはいかんのです。
我々がへこたれてやめてしまったら、北山丸太がなくなってしまう。

森下:言うたら、マッチ業界と同じような状態なんちゃうかと。

ーなるほど。

森下:100円ライターが出てきたときマッチ業界が一気になくなったでしょ。
ただマッチは、なくなってもすぐに作れる商品なんですわ。
その点、北山丸太はすぐ出来るもんじゃない。
最低30年、40年、先行投資で手入れをして、北山杉という商品がある。
これで5年間手入れせんかったらアウトやね。

中田:子育てと一緒で成長時期に手入れを怠ったらアウトですわ。

ー木を育てるのと人を育てるのは一緒、と。

中田:日本の他の林業に比べてもここが一番高度集約的な林業をしてますから。
製品としての伐木は一番短い。
普通の木材でしたら、50年から100年、200年ですけど、ここは早ければ30年で切れますから。
世界でもこのような林業はどこにもありません。

森下:これだけ人の手をかけて一本の木をこさえる林業は日本全国どこいってもないです。

中田:昔、畑や田んぼをつくっているような山造りしてはりますな、とよう言われましたわ。